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うちの介護① ふるさと

 私は特定の宗教は信仰していない、典型的な日本人なのですが、いろいろな宗教関係者の方々との交流は少なくありません。

その知り合いの中に,還暦を過ぎてから得度された女性のご住職がいらっしゃいます。その方のお寺は千葉県大原にある「七福天寺」で、海岸の高台に建っている、洒落た(?)たお寺です。                      

先日、そこの会報誌の「私の好きな歌」というコーナーに執筆させていただく機会があったので、母のことを交えて書きました。そこで、ここにもその文章を載せることにしました。
                                                                    

『私の好きな音楽・ふるさとー文部省唱歌
                                                                         振り返ってみると様々な音楽に接し、夢中になってきた。                                                大学卒業後、ラジオの音楽番組の構成台本を書く仕事をしていたことも、色々な音楽との出会いをもたらせてくれた。その仕事の中で、一番心に残っているのは東京FMの「音楽の森」という番組だ。この番組はタイトル通り、ジャンルの垣根を越えた音楽を紹介するもので、メインパーソナリティも幅広い音楽を愛した山本直純さん、立川清登さん、羽田健太郎さんといった、そうそうたる先生方だった。
そんなわけで若い頃は様々なジャンルのレコードを聴き、コンサートに通い詰めたので、思い出の曲、今でも好きな歌は沢山ある。そう、ありすぎて、なかなか一曲に限定できないのだが、今私にはここ数年毎週必ず歌っている歌がある。
その歌とは唱歌の「ふるさと」。ある一人の人に向かって歌っている。
その人とは88歳の私の母親だ。  
母は十数年前に認知症と診断されたバリバリの認知症で、目下要介護4、某有料老人ホームにお世話になっている。つまり毎週会いに行くたびに、歌っているのだ。
きっかけは母が倒れ、救急で運び込まれた病院でのことだった。
認知症と脊椎圧迫骨折のダブルパンチで、「もう歩くこと、立ち上がることも無理だと思っていた方が…」と言われながらも回復。車いすに乗れるようになったある日、病院のホールでボラインティアのコンサートが行われていた。看護師さんに勧められて行ってみると、バイオリンとピアノのコンサートで入院中の患者さんたちが大勢集まっていたが、案の定、母は落ち着かない。熱心に聴いているかと思うと病室に戻りたがる。ところが、どうにか最後までその場にいると、みんなで歌うコーナーが始まった。曲は「ふるさと」。するとソワソワしていた母の顔つきが変わり、声高らかに皆と一緒に歌詞も見ずに歌い始めたのだ。その様子を見て、となりにいた看護師さんが「お上手ですね!」とほめた。すると嬉しそうに、母はさらに声を張り上げて歌った。
そのことを病室で付き添っていただいていたヘルパーさんに話すと、「アラ、ご存じなかったですか。お歌は好きで、よく私と歌っていますよ」。
そういえば、母は歌うことが大好きだった。そしてそんな母が一番好きだった歌が「ふるさと」だったのだ。
母は退院後、現在のホームでお世話になっていて元気だが、年齢とともに、認知症が進行している。一緒に歩きながら、車いすを押しながら、向かい合いながら、会うたびに「ふるさと」を歌ってきたが、徐々に一緒に歌う部分が減ってしまった。今では一緒に全曲歌えることはなくなってしまったが、私が歌いだすと実にうれしそうな顔をして聴き入り、体調がいいと、最後の部分、「♪忘れがたきふるさと」を声高らかに歌っている。          ちなみに母のふるさとは北海道釧路の隣の白糠という小さな港町だ。
冒頭に書いたように私には、「これ!」という好きな歌や曲はないのだが、これからも「ふるさと」を毎週歌い続けることで、私も高齢になった時、「ふるさと」が一番好きな歌になっているかもしれない』

実際の下書きではもっと長々と書いたのですが、字数の制限でコンパクトになっています。

ちなみに、うちの母親は最近ホームの日帰り旅行で、八景島に連れてっていただき、しごく元気な状態です。 イルカのショーよりも、お昼の海鮮丼に夢中だったようですが…                              

それで、先週は音を外し、勝手な歌詞をつけながらも、「ふるさと」を最後まで歌っていました。
 

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