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ハックルベリーフィンと虐待

今週は福祉とは別の仕事、以前にも書いたwebの「世界少年少女名作全集」(http://www.privatebank.jp/)の2月3月放送分の翻訳原稿を書いています。

2月は「ハックルベリーフィンの冒険」、3月は「アーサー王物語」です。

作業としては、カナダの友人がストーリーを短くまとめてくれたものを翻訳するのですが、全体の話をあらかじめ把握するために、日本語の本にざっと目を通りします。子供の時に読んだことがある物語がほとんどなのですが、忘れている部分や、以前は何も感じなかった部分が、かなり多くあります。

今回のハックルベリーフィンも、黒人のジムと一緒に様々な出来事に遭遇するということは覚えていたのですが、ハックが冒険に出たきっかけは、父親から逃れるためだったということは、すっかり忘れていました。で、久々に読んでいて思ったのですが、子どもに対する虐待の父親の言い草が、現代も今も変わらないのだなということ。

そう、「自分の子どもなのだから、他人にとやかく言われる筋合いはない」という考え方です。これは高齢者の虐待にも言えることで、「自分の親なのだから、他人に入ってもらいたくない。とやかく言われたくない」という延長上に暴力だけでなく、ネグレクト(介護放棄、無視)といった虐待があります。

ハックは死んだふりをして父親から逃げ出しましたが、幼児や高齢者は最悪の状態になっても逃げることができません。また高齢者は、自分の子どもだから、自分の配偶者だからと、我慢する人も少なくないようです。ただ、どこからが虐待と言えるかという問題もとても難しい…私は一応高齢者の虐待を考える会に入っているのですが、情報や実態を知れば知るほど解らないと思う昨今です。

それにしても、いわゆる児童文学といわれている作品は、ホント奥が深いですね。

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