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介護者は選ばれている?

バンクーバーオリンピックと確定申告の雑務で、このところ、他のことが手に付きませんが、先日、友人の知り合いが経営する都内の有料老人ホームを見学させていただきました。昨今、有料ホームが良し悪しに関わらず、どんどん増えていますが、ここは25床の小さなホームで、清潔感があり、ホンワカした雰囲気で、見学していて居心地がよかったです。

駅(JRの大きな駅です)に近く、入居者のご家族は便利なのでは…。駅近でも、周りが住宅地なのでとても静かで、高いビルも周辺にはなく、温かくなると屋上で日向ぼっこができるようになっていました(さすがに今の時期は寒すぎて利用することはほとんどないということでした)。

有料ホームの選び方といった本がよく出ていますが、金銭的なことを考えずに、まず基本的に、都心がいいのか、郊外がいいのか、山奥(?)がいいのか、その辺の選択は結構、難しいですよね。地方のホームを見学すると、本当に広々としていて、空気もいいし、いいな~と思うところが数多くあります。ただ、これまで雑踏になれ親しんできた人たち(私も)は、外に自由に出られなくなっても、時々外に出たときに、大自然よりも、家が建ち並んでいる方が、ホッとするなんていうことが少なくないのでは…ま、こればかりは、自分自身がその立場にならないとわかりませんね。

ところで、今回の有料ホームを紹介してくれたのは、何十年という付き合いのライター仲間なのですが、彼女は目下3人の高齢者をみている介護者でもあります。介護といっても、家庭介護ではなく、3人それぞれ別の施設に入居しているのですが、手続き等で、それはそれで本当に大変です。ちなみに、彼女が介護しているのは、有料老人ホームに入居している実のお母さん、特養にいるおばさん、そして軽費老人ホームで生活しているおじさんの3人です。

舅、姑、実父はすでに他界されているのですが、お母さんの御兄弟で子どもがいないということで、おじさん、おばさんも、みているというわけです。話によれば、いとこ(そのおじさんおばさんの甥や姪)はたくさんいるようなのですが、何故か、彼女に介護は任されているというのです。

彼女に限らず、私の周りには複数の高齢者を介護している人(した人)が少なくありません。これから、団塊の世代で介護が必要な人が増えると、一人で何人もの介護をすることは当たり前になるのでしょうが、それでも、介護にどっぷりになってしまう人と、全く介護には無縁の人がいるのだろうなと、ときどき思います。

介護に無縁の人は、もともと、高齢者が周囲にいない人のほか、自分から介護を拒否する人(いわゆる知らん顔)も少なくありませんが、同じ子どもでも、親をみる人とみない人がいますし、配偶者の親でも必死に介護する人がいます。そして介護者になった人たちは、自分の生活を犠牲にして、みている人がほとんどです。

以前、障害者の子どものお母さんを取材していると、よく「私は、この子の母親になるように神様から選ばれた」という言葉を耳にしました。「神様は、私ならこの子を育てられると思って・・・」 とも。

もしかしたら、高齢者の介護者も神様に選ばれたのかもしれませんが、私は、介護者は、介護される人が、潜在意識的に選んでいるのではないかと、ときどき思います。

日常的にすべての介護をするということではなく、「この子にみてもらいたい」「この人ならみてくれる」等という思い、逆に「あの子には面倒をかけたくない」「あの人には苦労をさせたくない」等ということで、あえて介護者に選ばれない人もいるかもしれません。

家庭介護にしろ、施設介護にしろ、介護にかかわっている人、関わるようになった人は、いずれにしろ、選ばれた人といえるのでしょうね。もしそうなら、介護者の方、介護者だった方、あなたは、選ばれたことをうれしく思いますか?私はとてもうれしく思います。

 

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